お正月にイタリア、なぜ似合う?

2011年1月11日

いつも年明けに感ずることだが、この時期やたらとイタリアもののテレビ番組が多い。とりわけ今年はNHKがハイビジョン放送をベースにイタリア月間と題して、さまざまなプログラムを組んでいる。イタリア好きにはたまらないのだが・・・。 

なぜ?と考えて、なるほどと思った。さまざまな都市国家がせめぎあっていたイタリア半島が、周辺国との係争をも背景とした、リソルジメントと呼ばれる統一運動によって統一国家としてのイタリアが誕生した。今年はその1861年から数えて150年の節目にあたる年、イタリアがとりわけ際立つ理由に納得した。

かつて、ゲーテがイタリア紀行に記したように、冷たくそして威厳に満ちた北ヨーロッパの国々からみれば、イタリアは絢爛たる芸術や文化が咲き誇り、燦燦たる陽光のもとに人々が人生を謳歌する理想の地であった。そして、いまもそれら大半の遺産を継承するイタリアは、たしかに憧れや羨望を生んで止まない希望の地なのかもしれない。

あらためて想う。多くの人々にとって新年の幕開けは、晴れがましく、希望への予感に満ちたものなのだろう。そんな想いがイタリアへの憧憬にダブるのかもしれない。正月にイタリア、なぜか似合うと思うのは、わたしだけだろうか。

翼の消える日

2010年10月3日

2010年9月30日、一年ぶりのイタリアに出発することになった。いつもながらこの旅も、相変わらずハードな予感でいっぱいだ。
ただ、この出発日には、ある特別な想いがある。会社更生の途を歩み始めた日本航空が、おそらくは断腸の思いであったろう(と、思いたい)、イタリア・ローマへの直行便の廃止が決まってのラストフライトの日なのだ。10年にも及ぶわたしのこの便の利用もこれが最後となるわけだ。
陸上スタッフ総出の見送りをうけてのフライトは、滑走路上のアクシデントで、約1時間遅れでの出発となり到着にも遅れは出たが、ローマまでの空の旅は、順風満帆だった。機内のクルーの立ち居振る舞いも、わたしの経験した中でもいちばんと言えるものだった。
ラストフライトをともにした乗客の数は177名。空の上で機長からこんな主旨のメッセージがあった。「険しい道のりではあっても、日本航空は会社の更生という途を歩み始めました。失った信頼を取り戻すために、社員、スタッフ一丸となって邁進していく決意です。どうか引き続き、みなさまのご支援をお願いしたい」。この言葉に、思わず目頭が熱くなった。
機長にこう言わしめた経営の責任の重さと、変わらず、ひたすらその責務を果たそうとする、陰の力を感じずにいられなかった。
このフライトで、イタリアの空から”JAL”の翼が消える。いつの日か、ふたたび一回り大きくなった翼が永遠の都に羽ばたくことを祈りつつ。